柳田格之進

人情噺、柳田格之進。ほぼ十代目金原亭馬生&ほぼ全文起こし。




江州彦根藩士で柳田格之進。誠に剛直な侍で、曲がったことは大嫌い、折れ釘でもなんでもまっすぐにしちゃう。国表にいるときは立派な侍だったのですが、これが江戸詰めになり、ちょっとした役をもらいます。すると、このまっすぐなところが嫌われる。「いや、そのような金は頂けません。ダメです!なんなんですか!あなたは!」と、朋輩にとっては邪魔になってしようがない。そこで御暇ということになる。
格之進は娘のお糸を連れて、安倍川町の横町の汚い長屋のどん詰まりに住むことになりました。素読の指南をしていましたが、厳しいお人ですから、子供もだんだん来なくなる。夏に入ると煮えくりかえるような暑さになり、とうとう一人も来なくなった。読書だけは続けていたが、親孝行の娘の言葉で久しぶりに外に出て、碁会所へ行く。

そこで出会ったのが、蔵前で両替屋を営んでいる萬屋万兵衛という男。柳田格之進と万兵衛は勝ったり負けたり、腕が同じくらいで面白く、ちょうどいい友になる。日の暮れるまで碁を打つ。
三日目に行くと、これが実に暑い日、油照りというやつで、碁合所がいっぱいで盤もあいていない。「いかがでございましょう。ちょいとお寄りになって、私の家で碁を打つということで」「いや、それはいかん。浪々の身だ。町家へ立ち寄るということはいかん」「でも、いくらかここよりはよろしゅうございますから。碁を打つだけですので、どうかひとつお願いを致します」
なるほどすぐ近くだ。表を回って裏へ出ると離れがある。この離れを渡っていくと、その手前に納戸のような部屋がございまして、その奥は八畳の間。正面には碁盤が置いてある。庭には手入れの行き届いた、いい形の庭木が水を打ってあって、そこから涼しい風がつーっ、風鈴がチリン・・・「これは良いのう・・・まるで別の世界へ来たようだ」「ありがとうございます。ではひとつ、お相手を」。時々、お茶が来る、茶菓子が来る。忘れるとなしに、時刻を忘れてしまう。「万兵衛殿、これは遅くなりすぎた」「いえ、何をおっしゃいます。お嬢様へのお土産もございますし」「しかし・・・」「いえいえ、よろしいじゃありませんか」・・・。

ある日は萬屋から小僧さんが来て、「あのー、柳田様!旦那様が御待ちでございます。もし連れてこなかったら、お前をひどい目にあわすといわれているんです。お願いします」と言われて、「では・・・行くか」と通う。ある時には、お米が一俵届いたりもする。「万兵衛殿、困ります」「いや実は、店の者が間違えまして、一俵余計に買ってしまったのです。誠に失礼とは存じましたが、どうぞお食べくださいまし。本当の失礼でございます」「左様か・・・」。しばらくすると、今度は沢庵がどどーん。

(ああ、これは世話になり過ぎたな。この柳田が世に出るときがあったら、万分の一でも返さなければな)と思いながら、萬屋に通っておりました。*1


そのうちに暑さが過ぎまして、秋の御月見でございます。
「久しぶりの名月でございますな。でも、なんですな、月というものはただ丸いだけで、あまり面白くないものですな・・・どうです、一番?」ってんで、離れへ行って、また、ピシーッ。今度は飲みながら打っておりますので夜が更けてしまい、「これはいかん、少し夜を過ごし過ぎた」「お料理はお宅の方へお届けしてありますので、ご心配なく」「そこまで気を使ってもらったか・・・すまないな、この恩は忘れぬぞ」「とんでもございません、ではお休みなさいまし」と、柳田はいい心持ちで、帰って寝る。

あくる朝、萬屋番頭の徳兵衛が「おはようございます。夕べお渡し致しました五十両は、どういうことに」「なんだ?」「碁をお打ちになっているところへお届けにあがったら、ああ、分かったよと、お受け取りになりましたが」「そうだったかな。で、どうした?」「ないんです」「碁盤の下は?」「探しましたが、ないんです。旦那様と一緒にいた柳田様が・・・お持ち、間違えて、お持ちに・・・」「これこれこれ!馬鹿なことを言うんじゃない。もし、お持ちになったとしてもだ。私は喜んで差し上げるつもりだよ。そういうことを言っちゃいけません。もういい、その五十両のことは忘れなさい。私の小遣いに回しておきなさい」「そうですか。でも・・・」「忘れなさい!いいか、忘れるんだよ!」「へい」・・・と言ったけれど、この徳兵衛は普段から柳田のことが面白くない。(あれだ、柳田だ・・・畜生め・・・旦那様は人が良すぎるんだ)

「ごめんくださいまし」「徳兵衛殿か。お入りくだされ」「実は今日伺ったのは・・・昨日、月見の宴の後で、碁をお打ちになりました。あの時にわたくしが旦那様のところへお金を届けに行きまして。五十両でございます。それが、ありません。どこを探してもありません。旦那様の他には柳田様しかおりませんでしたので、間違って柳田様の袂に落っこったのではないかと・・・」「黙れ!何を申して居る!柳田格之進、浪々の貧しい身であれ・・・柳田は、その金のことは知らん」「そう申しましても」「知らん、知らんぞ!」「そうですか・・・はい、それではこう致します。そのままということは出来ませんので、その筋に訴えまして・・・」「訴える?そうか・・・やはり、行くべきではなかった。・・・分かった。しかし、わしは取らんぞ」「はい、分かっております」「取らんが、そこにいた者の不運だ。五十両は払う。しかし、取らないものだから、今あるわけはない。明日までに都合を致そう」「ああ、ありがとうございます。どうぞよろしくお願い致します」

(ああ、人というものの災いはどこにあるのかわからない)としばらく考えておりましたが、さらさらっと手紙をしたためますと「おい、糸、牛込の叔母のところへ行っておいで。中に詳しく書いてあるからな。たまに行くんだ、ゆっくり遊んで、今夜は泊っておいで」「・・・お父様、お願いがございます。柳田の家を離縁させていただきたいのです」「離縁・・・そうか、賊の汚名をきた父は持ちたくないか。よろしい、離縁を致そう」「ありがとう存じます。そこでお願いがございます。お父様は、わたくしを牛込へやりまして、お腹を召す気でございましょう」「いや、そんなことは・・・」「いえ、分かっております。こんな狭い家でございます。お父様の心内が分からないわけはございません。今、離縁を致しました。女というものは、身体が売れるそうでございます。吉原というところへ、わたくしをお売りくださいませ。お金が出た時に万兵衛、徳兵衛の首を切って、武士道をお立てくださいまし。今お腹を召しても、ああ、柳田はやはりお金を盗んだんだ、恥ずかしいから腹を切ったんだと言われます。ですから、お父様、わたくしを」「そうか・・・なんという情けない父親だ・・・なんという・・・糸・・・すまん・・・」柳田は涙を流して、娘の意見を聞いた。吉原へ行って五十両が手に入った。

十両を前に置いて「これが・・・これがわが娘か・・・」と男泣きに泣いている。そこへ徳兵衛が「おはようございます!あの、五十両は」「・・・再度申すが、わしは金は取っておらんぞ」「はいはい、ようく分かっております」「だが、そこに居合わせた者の不運だ。ここに五十両ある。それを渡すが、その方から取った金ではないぞ」「ええ、何でも結構でございます、五十両あれば。それでは失礼を・・・」「待て!わしは取らん。だから、この他にいつか必ず出てくる。出たときに、どうする!?」「はあ?えーと、出ましたらね、わたくしの首を差し上げます。ついでに、うちの主人の万兵衛の首も」「そうか、忘れるな。よいか」「ええ、どうもありがとうございます」

店へ帰って「旦那様。五十両、柳田様から返していただきまして」「馬鹿っ!なんてことをするんだ!あの方はこちらから出しても受け取らない方なんだ。あれほど言ったじゃないか、あれほどのお友達をこしらえるのは大変なことなんだ」「わたしはご主人の・・・」「馬鹿、お前は!行こう、すぐに行こう」と柳田格之進の家へ行ってみると、雨戸が閉めてあり、すでに立ち退いた後でした。「ああ、しまった。あの人をそんな思いにさせてしまった。みんな、探せ!柳田様を探せ!」と言ったが、どうしても行方が分からない。そうこうしているうちに、暮れになりました。


今でいう大掃除が始まると大変な騒ぎが続きますが、そのとき「あの、旦那さま。あのー、はたきをかけておりまして、離れの部屋にある額を叩いていたら、裏からこんなものが」「なんだ、これは・・・五十両!徳兵衛を呼べ!徳兵衛!」徳兵衛を呼びます。「五十両出た。あのとき私ははばかりへ立った。額の後ろへ入れたんだ。それを忘れてしまった。額の裏にあった。柳田様は持って行かなかった」「それは・・・それはえらいことで・・・」「掃除なんかどうでもいい!すぐやめだ、柳田様を探せ!」「あ、あのー、旦那様、ちょ、ちょっと・・・実は、あのとき・・・お金を渡す時に、柳田様は『わしはとらんから五十両は出る、そのときはどうする?』とおっしゃいました。で、それで、あの・・・出たら、わたくしの首をさしあげますと」「当たり前ですっ」「そこでやめておけばよかったのですが、寂しいような気もしまして、主人万兵衛の首もと」「お前、人の首まで!いい、わしの首が切られてもいい、探せーーー!柳田様を見つけた者には褒美を取らせる!」

それでもなかなか見つからなかったのですが、そのうちに暮れも過ぎまして、新玉の春を迎えます。正月から二日にかけて、雪が降りました。この雪の中を、二日は年始参り。頭を連れて番頭の徳兵衛が、ずーっと山の手の方を年始回りをして、切通しの坂を下りてきた。下からあんぼつという駕籠。坂を上がると、駕籠屋が肩を痛めるだろうというので、粋な人はわざと駕籠を降りまして、自分で笠を差して、駕籠に付き添って上がってくる。徳兵衛が、ずーっと降りてきて、ひょいっと見る。ああ、どこのお留守居役か、いいお召物を着ているなぁ。へー・・・いまどき、唐人更紗とは、贅沢なものだ・・・と、なりだけ見て、通り過ぎようとすると「徳兵衛殿。おめでとう」「はっ!・・・柳田様・・・おめでとう存じます」「万兵衛殿も達者かな?」「は、はい」「しばらくであった。いや、帰参がかなってな。ああ、久しいな。積もる話がある、この湯島に知っている家がある、付き合え。嫌か?」「いえいえ、お付き合い致します・・・」


「さあ、そこへ座りなさい」「は、はい」「そんなに硬くなることはない。わしも江州に帰ったつもりに時々なりたい。江戸は住みにくい。ああ、酒が来た。飲め。わしがついでやろう。なんでガタガタふるえている?それにしても、久しいのう。夢のようじゃ。あまりよい夢ではなかったがな」「あの・・・思い切って申し上げます。柳田様、申し訳ございません。あの五十両は・・・額の裏から・・・出ましてございます」「額の裏から出た!?・・・今日はなんという良き日じゃ。そうか、出たか・・・ああ、めでたい。めでたいのう。飲もう。そういえば、あの節、その方と約束があったな。覚えておるか?」「はい・・・」「それでは明日の昼に伺おう。今夜は身体をよく洗っておきなさい。特に首のあたりをな・・・」

あわてて飛んで帰りまして「そうか。すると、また、お役所にお戻りになったか。良かったな・・・。お前と私と、二人死んでしまったら、この店はうまくいかないだろう。今夜が最後だな。みんな、おいで。食べておくれ、飲んでおくれ。わたしと番頭が死んだら、中番頭に頼んで、金をわけて、みんなしっかりしたところに行くんだよ。いいかい、さあ、飲んでおくれ、食べておくれ。今までよく働いてくれたね・・・」えらいことになったって、みんなでシュンとして朝を待っております。


正月三日目はカラッと晴れ上がりまして、青空が抜けるよう。バーッと刺した朝日のまぶしいこと。雪の照り返しで目がくらむようでございます。その雪を踏みしめまして、柳田格之進が萬屋へやって参りました。




・笑いどころの少ない悲劇。
・なんでそんな簡単に娘を売るのか?という点や、最後の最後の展開に議論があるらしく、そのあたりについて各演者が工夫を凝らしているらしい。ただ、私はそうした点(現代人に納得させるための工夫)にはあまり興味がない(たとえばサゲの意味が分からなくたって構わない)。


・この悲劇を生むのは番頭の身勝手な行動だが、番頭を完全な悪人として描く演出はないと思う。
よく働く主人思いの番頭による、嫉妬心からの一度きりの勇み足。また「所詮、浪人なんだ」と「浪人」を見下ろす心情が後押しをした(武士には頭が上がらないが浪人は見下ろすという、武士・浪人・町人(商人)の微妙な関係も浮かんでくる)。・・・ここに深刻な気持ちはない。とても軽い。
・しかし、柳田の受け止め方は違った。番頭の軽い言葉を深刻に受け止め、重い気持ちで決心した。それは柳田が浪人でありながら、武士の誇りを忘れていなかったため・・・ということなのだろうが、私はむしろこっちの方が分かりにくい。
また、柳田はためらいなく主人・徳兵衛も斬ろうとする。番頭が勝手にこんなことをするはずはない、番頭が来たのは主人・徳兵衛の指示があったからだと思ったのだろうか。その場合、自分を理解してくれていると信じていた友に裏切られた気持ちが読み取れて、家を逃げ出た柳田の一人きりの切なさが伺える。しかし、柳田が主人を恨んでいたのかどうかは分からない。それまで仲が良かったわけだし、私が聞いた名人たちは誰もそこを描いていないと思う(違ったらごめん)。

・ともかく、軽い気持ちで言ったことを、相手が侮辱として受け止めてしまい、そして話がややこしくなるという噺だ。このへんは、言い方なのだろう。表情、雰囲気、相手への敬意など。だから、金を求めに来た番頭と柳田の表情、軽さと重さの交錯が見せどころになる。その後に起こる出来事は、ただ坂道を転がるだけだ。


・番頭は「柳田が盗んだに違いない」と思って出向いたのではなく、主人の指示により念のためにちょっと確認しに行っただけだったが、柳田がオーバーに反応して話がおかしくなってしまった・・・という「誰も悪くない」とする演出はないだろうか。それだと、ラスト1行の展開が受け入れられやすいと思うのだが。


・関係者一人を遠方へやって自分一人で責任を負おうとする場面が、ひとつの噺に2回も出てくる。2回は多いんじゃない?

萬屋の名前はまんべえだったり、げんべえだったり。娘の名前もいろいろだし、そもそも格之進は角之進だったりして、「柳田の堪忍袋」という題のときも。


・娘を売って金を作る親の悲痛といえば「文七元結」あるいは「もう半分」。

・聞いたことがあるのは、志ん生、馬生、志ん朝、さん喬、志の輔

*1:萬屋に行かない方がいいと思う理由について。馬生型は、浪人中とはいえ武士であるのだから、町人の世話にはなりにくいというもの。さん喬型では、柳田が自分を卑下して「自分のような浪人者が行けばそちらに迷惑がかかる」というもの。