夢金

聞いた落語を備忘録として記してきたが、キリがなく、飽きてきた。一方、何かが書けるくらいの量にはなっている。そこで、私が聞いた演者の演出をひっくるめて筋を書き、続いて、思ったことをまとめてみる。


まずは冬の定番「夢金」。下記あらすじの軸は六代目三遊亭圓生



「金がほしいぃぃぃ・・・・百両ほしいぃ〜〜百五十両ほしぃ〜〜・・・五十両〜〜でもいいよ」

「またはじめやがった。熊の奴め、あんな欲の深い奴はないな。こんなに雪の降るしーんとした晩にあんな大声で寝言を言って、心得違いの奴が入って来たらどうするんだ」
「おい、ちょっと開けろ」「泥棒呼び込んだよ、あの野郎・・・え〜、お門違いではございませんか。あれは寝言でございまして、うちに蓄えはございません。これから少し先にいった伊勢屋には金がうなっておりますし、隠している米や酒もあるという話ですので、そちらへどうぞ」「戯けたことを申すな。早く開けぬか!」

吹雪とともに入ってきたのは、鮫鞘の刀を差したやせぎすの浪人者。年頃三十二三にもなりましょうか、色の浅黒い、目のギョロッとした、小鼻の開いた、口の大きな、一癖ありそうな人相で。黒羽二重に五つ所紋付きといえば体裁はいいが、すっかり変色しているので羊羹二重黒紋付きといった方がよく、足元は素足に雪駄履き。眉間から頬にかけて刀傷があり、いかにもひと癖ありそうな様子。後から入ってきた娘さんは年頃が十七八でございますか、文金の高島田、鼻筋の通った、目元に愛嬌のある、誠に輪郭のいい顔立ちでございまして。小紋縮緬の着物に友禅の羽織という、武家の方とは様子が違っておりまして。*1

 
「許せ。雪は豊年の貢ぎとは申しながら、かように多分にやられては困る*2」「雪は少しはまことにきれいでございますが、どうもたくさん降りましては後片付けが難渋でございます」
「妹を連れて浅草へ芝居見物に参ったが帰ろうとしたらこの大雪にあってな、深川まででよいので屋根舟を出してくれないか」「申し訳ないのですが、この大雪で、船はあるんですが船頭がすべて出払っておりまして」と断ったところ、二階から「百両ほしぃぃぃ!」

「あれはなんだ」「うちの船頭ではございますが、すぐ酒手(チップ)をねだりまして、ごくお馴染み様以外はお断りしておりますので」「それは構わぬ、かような晩である。骨折り酒手は十分に遣わすから、起こせ」

・・・冗談じゃねえ、これから寝ようというところだってのに、起こしやがる。腹が痛いんですよ!え、酒手ですかあ?はい、すぐ行きますんで!お待たせいたしました。じゃあ、いってきます。さあ、行きましょう。


船頭は蓑笠に支度をして、水棹を一本グイと張るときに、船宿のおかみさんがみよしに手をかけ「ご機嫌よろしゅう!」と突き出すやつは何のたそくにはならないが、まことに愛きょうのあるもので。舟は山谷堀から大川へ出ましたが、雪はますます大雪、綿をちぎってぶつけるようなやつで寒いのなんの。


ふぅぅ・・・こんなに降ってるとは思わなかったな。おお、寒い・・・大寒小寒、山から小僧が泣いてくるって言いやがら。こう寒くっちゃ、小僧ばかりじゃねえ、船頭も泣いてくらぁ。
この雪の降る夜夜中に舟を漕がなきゃならないとは何の因果だ、冗談じゃない。もっとも漕ぐ奴があるから乗る奴もある、乗る奴があって漕ぐ奴があって漕ぐ奴があって乗る奴があって。箱根山、駕籠に乗る人担ぐ人、そのまた草鞋を作る人ってな。そのまた草鞋を拾って歩く奴もいるんだからな、上を見ても下を見てもキリがないってのはこれだよな冗談じゃない。酒手があれば寒さも違うんだけどな。早く下さるがいいじゃねぇか。こっちだって安心が出来ねえ。
お?女は寝ちまった。野郎、穴のあくほど寝顔を覗いてやがる。・・・あぶねえぞ、これは。出すもの出さないで変なことしやがったら、舟ひっくり返してしまうぞ、こん畜生め。鷺を烏というたが無理か、ばやいじゃ亭主を兄という、ってな!・・・何を言ったって、気づきやしねえ。

酒手をねだるが、もらえない。舟をゆすっても、もらえない。反対に「その欲の深いところで金儲けの相談があるが、半口乗るか?」と相談を持ちかけられた。実はこれに寝ておる女はな・・・。


圓生百席(42)紋三郎稲荷/夢金/彌次郎三代目 三遊亭金馬 名演集 5 一目上り/蔵前駕篭/夢金志ん朝復活-色は匂へと散りぬるを ほ「佐々木政談」「夢金」立川談志ひとり会 落語CD全集 第7集「西鶴一代記」「夢金」「十徳」「山号寺号」中村仲蔵/夢金


・欲深き 人の心と降る雪は 積もるにつけて 道を忘るる
・強欲は無欲に似たり


・笑いどころは少なく、聞かせる噺。真冬の落語の代表格で、吹雪の船旅が印象に残るサスペンス。
・金のためなら何でもするという、欲深い人間が主人公(彼に馴染み客がいるというのは不思議な気が)。
・一般的には、六代目圓生、三代目金馬が絶品とされている。


・いい話だな、感動した、という感想にはならない。欲の突っ張りぶりを、1,2メートルの距離から冷笑しつつ眺め、生じる出来事の意外性を、徐々に前のめりになりながら受け止める―――というところか。
・そのくらいの距離から見たとき、全体の様子がとてもよく映える。特に舟が出てからの場面に名セリフが連続しており、聞く側の感性が研ぎ澄まされる。
・このサゲでは、主人公の性格は変わらないと思う。そのへんを発展させると「芝浜」になるのではないか。
・その他、やや似た印象なのは「付き馬」「らくだ」。噺の作りは「鼠穴」「巌流島」。


・今まで聞いたのは、三代目金馬、六代目圓生、談志、十代目馬生、志ん朝、三三、王楽。
・名人たちの時間配分を比べてみたところ、ほとんどの人が船宿から出るところまでに50%の時間を使うのだが、唯一、馬生だけが違っていた。「雪は豊年の貢ぎ〜」のセリフもなければ、侍・娘の服装描写も簡素化してあり、後半に60%を残している。また、馬生はサゲ近くでも会話を入れている。熊が到着する前に、父母の会話が入るのは馬生だけだ。喬太郎が書いているように(下記)、終盤は一気にたたみかけるのが、この噺の一般的な型なのだろう。なのに、どうしてかな。志ん生に教わった演出なのかな。馬生の「夢金」が名演かどうかは分からないし、そもそも私には判断する力もないのだが、こういう表面的な違いも面白い。

「この噺は空気をつくる噺だと思う。(略)熊が舟を漕ぎながら「う〜、寒ぃ寒ぃ寒ぃ・・・!」と震える、刺さるような冷たい空気、背景には夜の闇。まずその空気を高座上につくり、そこから会話を通じて、徐々に緊迫感を盛り上げていく。中州に侍を取り残すところでそれがピークに達し、そこで空気を少し緩やかに、そして落げまで一気にもっていく」(柳家喬太郎「落語こてんパン」)

「冬の川の風景を描くのが主眼の落語。上手い落語家が演ると、雪のしんしんと降る音や、身体を突き刺す寒さ、吐く白い息まで目のあたりに浮かんでくる」(立川志らく「全身落語家読本」)

*1:服装は演者によってバラバラ。

*2:「雪は豊年の貢ぎだなんていうが、雪が降って喜ぶのは風流人と狆ころだけだ」と船頭に言わせる演出も(金馬、志ん朝)。